Veeva Japan Blog

組織のナレッジ蓄積とカルチャー共有に向けたVeevaの分散型アプローチ

こちらは、ハーバード・ビジネス・スクールの「Managing the Future of Work」の翻訳記事になります。
原文はこちらをご覧ください。


ライフサイエンス業界に特化したクラウドソフトウェア企業のVeevaは、高度分散型の組織として出発しています。新型コロナウイルス感染症のためにリモートワークへの切り替えを余儀なくされた際には、ビデオ会議を早期から導入していたことが功を奏しました。同社は業界でのワクチン開発の迅速化へ貢献しています。共同創業者兼ディレクターでありハーバード・ビジネス・スクールの卒業生でもあるMatt Wallach氏が、同社のポストコロナ時代におけるWork From Anywhere戦略、マルチステークホルダー・パブリック・ベネフィット・コーポレーション・モデルの採用、そして従業員のキャリア促進を目指すうえで競業避止義務を廃止する理由について語ります。

Bill Kerr: 新型コロナウイルス感染症は、「ワクチン開発」や「規制当局の承認」といった話題を新聞の一面を飾るようなニュースに変えました。また、今回のパンデミックはレジリエンスと適応力の重要性を改めて明らかにしました。リモートワークやハイブリッドワークのモデルは、製薬企業やそのパートナーによる取り組みの促進に役立ちました。クラウドベースのプラットフォームやAIもプロセスのスピードアップに貢献しています。分散型の仮想ビジネスエコシステムに対する今回の「ストレステスト」から、私たちはどのような教訓を得られるでしょうか? また、高スキル人材のワークライフバランスの維持に向け、企業はどのような支援を行えるでしょうか?

ハーバード・ビジネス・スクールの「Managing the Future of Work(仕事の未来を考える)」ポッドキャストにようこそ。私はホスト役のBill Kerrです。今日はクラウドベースのライフサイエンスソフトウェアを手掛ける企業Veevaの共同創業者であり元プレジデントでもあるMatt Wallachをお迎えします。Mattはハーバード・ビジネス・スクールの卒業生で、現在も同社の取締役を務めています。今回は、高度分散型の組織として出発したVeevaによる速やかなリモートワーク移行や、ビデオ会議の早期導入について話していきます。また、競争の激しいライフサイエンスIT業界での採用や人材維持に対する同社のアプローチや、ポストコロナ時代の職場復帰戦略についても取り上げます。さらに、パブリック・ベネフィット・コーポレーションになるというVeevaの決定や、それが従業員、顧客、パートナー、事業運営地域に対して持つ意味についても語り合います。当ポッドキャストにようこそ、Matt。

Matt Wallach: ありがとうございます、Bill。お招きいただいて嬉しいです。

Kerr: Matt、まずは簡単な自己紹介とVeevaの共同創設に至った経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか。

Wallach: はい。私はフィラデルフィアの郊外で育ち、主にサッカーに打ち込んでいました。そして大学のチームに入り、かなり高いレベルでプレイしていました。卒業後にはビジネスの世界へ入り2年間働いています。そしてビジネススクールを出てからはソフトウェア系の人間になり、グローバルなライフサイエンス業界に注目するようになりました。キャリアの最初の数年はクライアントサーバー型のソフトウェアに携わっていました。インストールするタイプの従来型のソフトウェアでしたが、そういったものがますます特定の業界を意識して分野特化型になってきていました。そういうことが目立った傾向になっていると感じられたわけです。それからPeter Gassnerと知り合ったのですが、彼も自身のキャリアで私と同じことを感じていました。私たちはクラウドソフトウェアの分野でも同様のことが起きると考えました。そして2007年にVeevaを創設して以来、概ね私たちの予想通りのことが起きました。しかしPeterはカリフォルニア在住で私はフィラデルフィアだったので、私たちは会社をバーチャル的に設立し、常にバーチャル上で交流していました。それから15年も経っていませんが、今や上場企業となったVeevaは、企業が新しい治療をより早く市場に送り出し、そうした治療を医師が適切な患者さんに提供するのをよりよく支援できるよう、医薬品業界のデジタル化に向けた大きなシフトを手助けしています。

Kerr: 高度分散型の組織として、誰がどこで働くかをどのように決定されてきましたか? 創業以来の発展の中で、本社はどのような役割を果たしてきましたか?

Wallach: 当初からカリフォルニアのシリコンバレーの近くに本社を置いていましたが、そこは製品開発のための拠点で、エンジニアや製品部門の人間が仕様書を書いていました。一か所に集まって極めて迅速にイテレーションを回せるようになっていたのです。そして財務と経営のチームも本社で育ちました。戦略、営業、サービス部門の人員は創業当初より常にリモートで、顧客により近い場所にいました。究極的にはグローバルな業界にサービスを提供しているので、そういった部門の意思決定を速やかに行えるよう世界中に人を配置する必要があったからです。ですが、オフィスに毎日出社しなければならない人はごくわずかだったので、私たちは創業当初と同じ考え方を今日も続けていることになります。

Kerr: Matt、コロナの話題の前にまず質問を2つさせてください。昨年3月から誰もが気になっていることです。1つ目は、リモートワーカーの能力をどう高めたかです。どんなトレーニングを用意されましたか? 機材一式を準備するよう求めたりしましたか? 2つ目の質問は、リモート環境でワークライフバランスを保つことの難しさを、私たちはすぐに実感したわけですが、Veevaではそのバランスを手助けするためにどのような施策を取ってきましたか?

Wallach: 大部分のスキルトレーニングはバーチャルで、ガイドなしに自分で行う形式です。オンラインの教材、録画した教材が多くあります。しかし、企業カルチャーを理解しやすくするための施策も多数行っています。例えば、当社では社外のリクルーターを利用していません。採用担当者が募集や選考のときからすべての候補者と直に接して、関係を築きます。当社では採用時にカルチャーを強固にします。というわけで、新しい社員が面識のない上司の下で働くことはありません。また当社では独自の社内従業員ネットワーキングプラットフォームであるOrgWikiを構築しました。これは簡単にいうとオンラインの組織図のようなもので、会社中の人たちを見つけたり、相手とつながったりすることが非常に容易になっています。次にワークライフバランスについていうと、私たちには創業時から少々変わった事情がありました。起業したときのPeterと私は30代と40代前半で、小さい子供がいましたので夕食には帰宅したいと考えており、起業当初からワークライフバランスは重要視していました。ですから、特別な事情がある人は尊重しようということになりました。しかし、今では予定の管理に基準もあったほうが良いと考えるようになっています。それに取り組まなければならなかったのは、コロナ禍になり、皆が突然、在宅勤務への移行を余儀なくされたときのことでした。「よし、もう通勤しなくてもいいんだ」という人もいましたが、その通勤時間もただ仕事に費やされたりしたからです。当社ではオンラインクラスやチャットルームのような場所を用意して、そこでホームオフィスと家庭生活の分離に向けたベストプラクティスについて話せるようにしました。それと同時に、通話中に子供が親の膝に乗ってくるようなケースも認め合えるようにしました。

Kerr: Matt、ほかにもこんな質問がよくあります。各所に分散したフルタイムの社員以外の人材とリモート経由でどうつながるか、といった内容です。Veevaを作り上げるうえで、フルタイム、パートタイム、個人事業主に対してどんなアプローチを取ってきましたか。また、その人材管理戦略はリモート機能とどう結びついていますか。

Wallach: 戦略についていえば、従業員が公平に扱われる環境、仕事にやりがいを感じられる環境、キャリアの中で成長機会を得られる環境を提供することを、常に全体的な目標としてきました。当社では最後の項目をいつも重視し、従業員がVeevaでキャリアを築けるようにしたいと考えてきました。そのため、パートタイマーや契約社員はごくわずかしか雇用していません。企業の規模と比べて非常に少ないと思います。というのも、週2日労働の人や別の3社と掛け持ちしている個人事業主を支援して永続的なキャリアを形成できるようにするのは難しいためです。また、人の出入りが激しいと組織にナレッジを蓄積するのも難しくなります。ですから、当社の世界中の従業員は、ほぼ全員がフルタイムです。

Kerr: では、先ほど触れられていたコロナ禍の話題に戻りましょう。コロナの影響でどのような調整を迫られましたか? また、2019年3月と現在を比較して、何かさらなる変化がありましたか?

Wallach: Peterがカリフォルニアのオフィス、私がフィラデルフィアにいた創業時までさかのぼると、私たちは当初からリモートでの働き方を学んできたことになります。初期から多用していたものとしてビデオ会議がありますが、これはZoomが登場するまでいつも本当に困難でした。それからPeterがZoomを見つけてきて、今から5年以上前、当社はZoomを初めて全社的に導入した大企業の1つになりました。世界中にいるリモートの従業員に対処するうえでZoomは大きな役割を果たしてくれました。おかげで、全社員が在宅勤務を始めるに当たっても慌てる必要はありませんでした。当社では数百~数千人集まる社員総会を開くときも大きなホールは使わず、本社にいない人たちはリモートで視聴していました。Peterや私、その他の登壇者は自分のデスクで1人に1つのカメラを使っていたので、世界中の誰もが社員総会でまったく同じ体験を得られました。ほかにも、当社では誰かZoomで会議に参加する人がいれば、それをZoom会議にしていました。つまり会議室に集まることもできる一方で、各参加者の前にカメラ付きのノートPCが置かれていて、会議室にいない人も現場と変わらない感覚で同僚の顔を見られるようになっていたのです。また当社では色々と面白いことも行っていました。皆が在宅勤務になったときに始めたこととして、子供同士のチュータリングプログラムが挙げられます。Veevaの従業員の子供が、ほかの従業員の子供をチュータリングするのです。子供が新しいメンターを得たという例が世界中で多数実現しています。ともかく全体的にいうと、当社はバーチャル的にスタートしたおかげで、新型コロナの発生で大混乱に陥ることはありませんでした。

Kerr: Matt、顧客やサプライヤーとの関係、特に顧客との関係はどうなりましたか? パンデミックが発生するまで、そうした人たちの多くはVeevaほどにはZoomに馴染みがなかったと思いますが。コロナ禍で、彼らとの関係に変化がありましたか?

Wallach: 私たちは音声会議ではなくビデオ会議を行いましょうと言ってきたので、以前から多くのお客様にZoomを紹介していました。しかし、非常に意外で興味深かったこともあります。私たちはプロジェクトがストップするのではないかと心配していました。企業が新しい導入プロジェクトの開始を恐れ、ソフトウェアの購入を停止するのではないかと懸念していたのです。そうなれば当社のビジネスもお客様のビジネスも鈍化してしまいます。しかし、そのようなことは起こりませんでした。実際にはむしろ逆で、医薬品企業は世界中の200万人の従業員に高額の給与を支払い続けています。彼らは非常に高いスキルを持った、専門家たちです。企業はオフィス勤務の混乱を理由にそうした従業員を解雇しようとは考えず、基本的には「まだ雇用中です、働いてもらいますよ。リモート接続でプロジェクトを運営できます」と言っていました。移動コストや、出張、社内での移動・立ち話、通勤といった無駄を省くと、多くの物事を達成できますから、結果としてプロジェクトは効率的になっていました。また一部のお客様に関しては、以前と比べて意思決定も速やかになっていました。というのも、それまで経営層は工場のオープニングに立ち会って握手をしたり赤ちゃんにキスしたりしていたため、外出中のことが多かったからです。それが今では経営層も自宅オフィスに座っています。自宅のデスクに何か報告が届いても、地球の反対側まで飛んでいって確認する待ち時間は発生しません。すぐに確認できます。というわけで、大部分のお客様の生産性について、大きな変化は見られませんでした。またワクチンに取り組んでいるお客様は、これまで以上にスピードを向上させていました。私たちはリモートでの働き方を既に知っていたので、そうしたお客様の良きパートナーでいられたと思います。

Kerr: では、ワクチン開発について何かエピソードはありますか?

Wallach: ワクチンがこれほど早く登場したのは、当社の功績ではありません。しかし臨床試験の実施をより速やかにしたいなら、紙の書類はなくしたほうが良いでしょう。そして業務をデジタル化してリモートワーク下で仕事をこれまでと同じ、もしくはそれ以上のスピードでこなせるよう、ワクチンに携わる企業を手助けすることは、当社の役割となります。多数の企業にとって、最良のプロジェクト、最良のシステムはクラウドベースのプロジェクト、クラウドベースのシステムでした。大部分のシステムをVeevaにしていた企業もあります。医薬品企業がVeevaから提供を受けているミッションクリティカルなアプリケーションに、混乱はありませんでした。

Kerr: 次の質問をできる段階までこぎ着けたのは、Veevaとワクチン開発者の両方のおかげなのですが、現在は誰もがポストコロナ時代の職場復帰戦略に目を向けていますよね。そこでVeevaが特に計画していることはありますか?

Wallach: 基本的に、当社のポストコロナ戦略は「Work Anywhere」と呼んでいるものです。この戦略はコロナ流行中に開始しました。一時的なオプションに留めることも考えていましたが、基本的には、従業員がどの日にも自由かつフレキシブルに在宅勤務またはオフィス出社を選べるという戦略です。私たちはこれを永続化することに決めました。今回使用されているようなミッションクリティカルなソフトウェアを開発する、大規模なエンジニアリングチームも対象です。よってVeevaの従業員は誰でも、いつでも、世界中のどこでも仕事を行えます。自宅でもスターバックスでも、オフィスでも可能です。従業員はチームとロケーションによってグループ化されますが、それは基本的にタイムゾーンを考慮したものです。タイムゾーンが2つ以上離れている人同士は同じワーキングチームに入れられません。あまりに大変になりますからね。以上のことを製品開発などに関して行っています。また従業員が気晴らしやコラボレーションのために集まれるよう、オフィスハブも維持し続けています。当社では交流セッションに参加できるプログラムも用意しています。これはいわばオフィスでの立ち話をシミュレートしたものです。自分以外のVeevaの従業員とランダムにマッチングし、交流のために10分間与えられます。私としては、こうしたことが仕事の未来像になる気がします。これまでのシリコンバレーではオフィスの福利厚生を競っていました。マッサージ、洗濯サービス、無料の食事など、あらゆる種類のものがあったわけですが、私が思うに、どこからでも働けるという戦略をとりわけ巧みに実行できる企業こそが、新しい競争優位性を得られるのではないでしょうか。

Kerr: Matt、最後に触れられていた、人材獲得競争についてさらに聞かせてください。御社はITとライフサイエンスという2つの市場で事業を行っているわけですが、どちらの市場も一流人材の熾烈な奪い合いが目立ちます。「Work Anywhere」という手段については言及されていましたが、この競争著しい環境における採用や人材維持について、ほかにどのようなアプローチを取っていますか?

Wallach: シリコンバレーでは常に競争が盛んでした。テクノロジー系の人材に関して、過去15年間のカリフォルニアに肩を並べる地域はありませんでした。当社では始めから人材獲得の「軍拡競争」に加わるべきではないと判断していました。LinkedInやGoogle、Facebookはいつでも、さらに高い給料と素晴らしい環境を提供できるのですから。そのため私たちは当社のミッションを信じ、当社のカルチャーを受け入れ、仕事を通じてお客様のために明確な価値を創出したいと考えている人たちに、Veevaに来てもらいたいと思うようになりました。そこで当社では株式プログラムを設置し、一部地域の制限に該当しない限り、会社の誰もが株を保有できるようにしています。また1%分のギビングプログラムも存在します。これは会社が従業員全員を代表して寄付先を決定する代わりに、給与額の1%を各人に委ね、自分が支援したい非営利団体に寄付してもらうという取り組みです。また当社では創業当初より多様性を支持してきましたし、従業員に競業避止義務契約へのサインを強いてはいません。さらに先日、当社はパブリック・ベネフィット・コーポレーションになりました。このように、Veevaは数々の点で他企業と差別化されていると思います。しかし、それは最高額の報酬を支払おうという意味ではありません。そのやり方は、いわゆる「底辺への競争」に行き着いてしまいますから。

Kerr: 今の内容について2点伺わせてください。まず「1%分のギビング」についてです。寄付を完全に従業員に委ねるということですが、これは非常に変わった戦略ですね。どのような経緯で始まったのでしょう?

Wallach: Peterは企業には一定の役割があるという信念を持っているのですが、企業が多額の寄付をしてそれをマーケティングに利用することには、いつも納得していませんでした。といっても寄付を受け取れる非営利団体にとって悪い話ではないのですが、Peterは常に、企業が従業員に代わって意思決定するのはいかがなものかと考えていたのです。私たちは数年間、寄付を行わずにいて、それからこのプログラムを開始したのですが、当初は従業員の慈善寄付額を給与の1%に設定していました。しかし、その1%を必要としている従業員もいるのだというフィードバックがありました。従業員がその分を利用するには、寄付を行う必要があったのです。皆にその余裕があるわけではありませんでした。そこで2年ほど前に、私たちはプログラムを変更し、1%を譲らなくても済むようにしました。給与の1%に相当する額を会社が負担することになったのです。このようにして個人を尊重しているわけですが、私たちはこれが正しいやり方だと感じました。

Kerr: 2つ目の質問は競業避止義務についてです。カリフォルニア州では競業避止義務契約の強制が禁止されています。そこは間違いなく御社にとっても大きな労働市場です。しかし広くいえば、そのスタンスに対して、しばしば逆の意見もあります。競業避止義務があると、企業は従業員に投資できるともいえます。また、企業秘密が競合他社に流出するのを防げるという考え方もあります。強制しないというスタンスに至った経緯はどのようなものでしょうか?

Wallach: ライフサイエンスIT業界で成長する中で、私は競業避止義務が企業による攻撃の道具に使われるのを見てきました。私がキャリア全体を通じて競争してきた相手たちは、自社従業員を怯えさせて転職を防いでいることが珍しくありませんでした。それは従業員に害を与えていましたし、イノベーションの妨げとなるので、お客様にとっての損害にもなっていました。私たちは初期に数人の人員を雇ったのですが、元の雇用主たちは信じられないようなやり方で彼らを追いかけてきました。従業員にとっては恐怖です。雇用主は自社の企業秘密にならないようなことを守ろうとしてきました。そして従業員らに「我々は君が当社の企業秘密を守れるとは信じていない」とも言ってきました。私たちは競業避止義務を支持しません。その義務が課せられている志望者でも、そのために金銭を得ていない限り、当社は雇用します。前の雇用主が告訴するなら、私たちは従業員を守ります。しかし、その代わりに前の雇用主から何かを取ってくることは禁じています。前の職場で知った企業秘密も利用してはいけませんし、ファイルなども一切持ち込んではいけません。

Kerr: Matt、パブリック・ベネフィット・コーポレーションになったというお話が先ほどありましたね。まず、それになるとはどういうことか、大まかな説明をお願いできますか。次に、Veevaをその形態に移行させた判断について、またそれが組織に与えた影響についてお聞かせください。

Wallach: パブリック・ベネフィット・コーポレーションすなわちPBCは、デラウェア州における普通とは違うタイプの法人です。通常の法人はC法人といいます。この法人の定款では、取締役会の職務は株主価値の最大化であると定められています。そして皆さんが思い浮かべる企業は、ほとんどがそちらのタイプです。一方、私たちは創業当初から、株主へのリターンだけを追求していると社会のためにはならないと考えていました。企業がどんどん大きく、強力になっていく場合は特にそうですよね。そのため、私たちはそれが自分に合っていない気がしていました。PBCはどうかというと、これには株主と同じレベルにあるステークホルダーが追加されています。Veevaの場合、それは私たちが奉仕するお客様、および業界です。また従業員でもあるので、従業員の仕事とキャリア形成のための、価値の高い場所を作っていきます。またお客様の代わりに私たちと共同作業している企業、すなわちパートナーもステークホルダーであり、私たちが暮らしているコミュニティもそうです。このようなことが定款に書かれています。当社は株式公開企業からPBCに転換した、史上初めてかつ最大の企業となりました。

Kerr: Matt、PBCになることで、一般的なC法人の場合と比べてどんな変わったことができるのでしょう? よく話しているような例をいくつか挙げてもらえますか。他社の経営者と話しているとき、「実際のところどうなのか、例を挙げてもらえますか。当社ではすぐにできないことも、PBCなら可能になるのですか?」と質問されたと想定してみてください。

Wallach: そうですね、まず株主のためになると思えなければ、PBC化は実現できませんでした。株主利益の追求が取締役会の仕事ですからね。そしてPBC化が株主のためになるという例を具体的に挙げるとすれば……、例えばVeevaは約35種の製品をライフサイエンス企業に販売しています。そのため当社は多数の企業にとって、テクノロジーに関する最大の出費先になっているかもしれません。Veevaがお客様の利益の最大化を考えていることを信じてもらえなければ、お客様はいつかこんなことを口にされるかもしれません。「聞いてください、私たちはVeevaにお金をたっぷりと支払っています。もしVeevaがOracleに買われたりしたら、私たちは困ってしまいます。あるいはPeterがCEOでなくなったりしたら、私は誰を信じればいいのですか。」こうした点についてはPBC化により明文化されているので、私たちは自信を持ってお客様に答えられます。お客様から「Veevaに頼り切っても平気でしょうか? 私たちが足元を見られることはありませんか?」と尋ねられても、当社はこう答えられます。「私たちはPBCになりました。足元を見るようなことは取締役会が許可しません。当社は株価を上げることではなく、御社やその他の業界企業のために、目立った価値を創出することで成長しようと努めています。」ほかにも、規制当局と仕事をするときの例を挙げましょう。これは架空の例であり、実際に起こるとは限りませんが、FDAが当社に連絡を取ってきたとしましょう。当社はすべてのお客様に代わって発言します。業界を大切にしていて、業界の役に立ちたいと考えていることは証明済みです。また当社が高い市場シェアを獲得している領域、例えば規制当局への申請についていうと、当社製品を利用して申請を行う際は、どのお客様もすべてのデータをエクスポートし、電子申請ゲートウェイを通じてFDAに送信する必要があります。このようなことは、FDAがVeeva Vault製品にログインすることを可能にするだけで、すっかり解消できるかもしれないのです。現在のやり方も見事に構築されていてセキュリティも豊富なのでしょうが、そもそもファイルがクラウドにあれば、そうしたファイル移動は完全に不要なのです。このような部分で当社とFDAが協力できれば、製品が市場に投入されるまでの時間が数か月は短縮されるでしょう。単に株主価値の最大化を目指す企業と比べて、PBCの場合はそういった協力の可能性にも明らかな違いがあると思います。

Kerr: 素晴らしい例をありがとうございます。ではAIの話に移りましょう。PBC化という背景がある中で、VeevaにおけるAI、そしてより広くいえばライフサイエンス業界におけるAIについて、どのように考えていますか?

Wallach: Veevaについても、お客様についても同様だと思います。AIは人に代わる手段と見なしている業界も多いのですが、Veevaはそうではありません。AIは自社製品をお客様によりよく役立てていただく手段だと考えています。ユーザーが次に行うことが分かれば反復的なタスクを自動化できますし、ほかの人たちが製品をどう使っているかに基づいてユーザーに具体的な提案を行うこともできます。このように当社では、AIは自社製品をお客様にとってより有益にするための手段であると見なしています。また当社のお客様であるライフサイエンス企業でも、AIは人に代わるものではなく、膨大なデータを利用して従業員の生産性を高めるものと見なされているように思います。創薬、医薬品開発、臨床試験、営業・マーケティングといった分野において、AIは人間が扱いきれないほどのデータに基づくより良い、より速やかな意思決定を手助けします。ですから、AIはこの種のソフトウェアを強化するものであり、ライフサイエンス業界では労働力の代わり以上のものになると思います。単に労働力を置き換えるだけにはならないと思います。

Kerr: Matt、多くの経営層にとっての重大な関心事として、ほかにも多様性とインクルージョンがあります。Veevaはジェンダーについてもマイノリティの参加についても、従業員比率と経営層比率の両面で非常に高い水準を達成していますね。多様性に対しどのようにアプローチしてきたのかお聞かせください。また、それはPBCであることに影響されたのでしょうか?

Wallach: 2020年には多くの集会や騒乱がありましたが、実のところPBC化よりもそういった出来事のほうが、当社の多様性に対するアプローチに影響を与えています。私たちはそれにかなり影響を受け、内側に目を向けて「自分たちの行いは十分だろうか」と自問しました。その結果、自分たちのやり方をもう一度しっかりと点検することになり、多くの新システムを導入しています。当社では会社史上初めて最高多様性責任者(CDO)を設置しました。このようなわけで、私たちはやるべきことがまだ思った以上に多く残っていたことに気が付きました。多様性に一層の重点を置くことは当社にとって良いことであり、世界にとっても良いことだと思います。

Kerr: Matt、ここからは会社の人材開発、従業員開発戦略について考えていきたいと思います。まず、2人で起業した2007年の時点で既にクラウドを志向していたとのことでしたね。当時は未来のテクノロジーの多くがクラウドに向かっていました。しかし従業員開発やスキルについていうと、Veevaではどのようなトレンドが重要視されてきましたか?

Wallach: テクノロジー面で2点、非常に重要なことがありました。当社は非常に早くからGmailを標準にした企業の1つです。GmailはSlackその他のコラボレーションツールの先駆けだったと思います。非常に大きなトレンドです。携帯電話でのシームレスなメール、シームレスなチャット、そしてメッセージングがあれば、リモート従業員を抱えられますし、さらには大きなビル内で互いを見つけられない従業員同士が用事を速やかに済ますこともできます。これは従業員開発に大きな変化をもたらしたと思います。もう1つはZoomです。Zoomは画期的だったと思います。ビデオと音声の鮮明さも画期的で、大きなトレンドでした。それからテクノロジー以外の点を挙げると、少し意外かもしれませんが従業員開発における最大のトレンドの1つは、2007年の創業以降、シリコンバレーの地価や物価が上がりすぎたことでした。サンフランシスコ周辺に住むとお金がかかりすぎるので、テクノロジーに重点をおいた衛星都市がいくつも生まれたほどでした。そのため、この地域を拠点とする企業は十分な人数を雇うのが難しくなり、ほかへの移転を余儀なくされました。シリコンバレーには異常な高値がついています。しかし本当に優れたオンラインコラボレーションやビデオ通話があれば、もはや社員全員をシリコンバレーに置く必要はありません。というわけでテクノロジー面の2点と、シリコンバレーの地価・物価高騰という点が、過去15年間に見てきた中で最も重要なポイントでした。これらの背景に基づいて、私たちは他所に開発センターを置いていますし、必要に応じて会社を完全にリモート管理できるようになっています。そして従業員をお客様の近くに配置することもできていますが、これはお客様にとっても業界にとっても本当に良いことです。

Kerr: 15年間の中では当然、スキルプロファイルも変わりますし、新しいスキルの習得も要求されます。リスキリング、トレーニング、さらに広くいえば専門性開発について、どのようにアプローチされてきましたか?

Wallach: Veevaはこの領域でも、過去のやり方にあまりとらわれていません。従業員を厳密なキャリアパスに置くことはありませんし、非常に詳細なトレーニング計画を持っているわけでもありません。その代わり、私たちは従業員が自身のキャリア向上を自らリードできるよう支援することに努めています。大量のトレーニングを課したり、従業員を授業に送り出したり、どこか遠くで長期間のトレーニングを行わせたりするのではなく、新しいスキルの開発に投資できるよう、すべての従業員に年収の2%分を提供しています。従業員はそれを使って授業を受講したり、カンファレンスに参加したり、書籍を購入したり、自分で選んだオンラインコースを進めたりしています。私たちがその使い道に提言をしたり、制限をつけることはありません。この様に給与額の2%が基本的にスキル開発の支援に使われます。これは大きな効果を発揮してきたと思います。私が思うに、多くの企業は従業員をあまりにたくさんの枠に押し込めようとしてきましたし、キャリアパスや学習すべき事項といった点について厳格すぎるきらいがありました。私たちが実際やってみて分かったのは、従業員は適切なツール、時間、機会を与えられれば、自身のキャリア管理を大変上手にこなせるということでした。

Kerr: Matt、これが最後の質問です。ライフサイエンス業界、そして特にその中でVeevaが携わっているIT分野についていうと、今後における仕事の未来の重要なトレンドは何だと思いますか?

Wallach: 大企業が株主価値以外にも目を向けるようになるという大きな流れに期待していますが、当社のPBC化はそのような流れの兆しだと思います。新しい仕事を探している人が「株主のためだけに存在するのではない企業で働きたい」という基準を重視するようになれば、今言ったような流れは仕事に於ける未来のトレンドになると思います。ミッションにより重点を置いて環境やお互いの尊重をより明確に打ち出す企業に、人々は興味を向けるようになるでしょう。私たちはミレニアル世代に背中を押されて、このような方向に向かうのではないでしょうか。それは良い結果を生むと思います。ライフサイエンス業界は患者さんを重んじてきた背景もあって、多くの意味で既にそういった方向に進んでいます。新型コロナに伴うロックダウンは、一部地域では今後も続きそうですが、その結果、家で働けるとは考えていなかった人たちの多くが、在宅勤務のほうが良いと言うようになりました。オフィスに出社するのをおっくうに思っていたたくさんの人たちは、復帰しなくてもいいという機会に飛びついています。オフィスを望む人とリモートを望む人のハイブリッドを実現できる企業が、今後の勝者になっていくでしょう。これは永続なトレンドになると思います。通勤は面倒ですし、本当に多くの仕事を成し遂げたいと思うなら、社内で1日に12回くらい立ち話をするわけにはいきません。一人きりの部屋で仕事をするのが一番はかどるという人もいます。会社に個室があったりキュービクルに間仕切りが付いていたりするのも、そのためですね。というわけで、以上のようなことがVeevaの導入した永続的な変化です。これは、究極的には当社の競争優位性になるでしょう。しかし、企業なら無視できない事項でもあると思います。こういった、人々に求められる働き方のシフトは、一時的なものではありませんから。

Kerr: Matt WallachはVeevaの共同創業者兼ディレクターです。サッカー選手としてのプレイスキルがあったMattは、メジャーリーグのサッカークラブ「フィラデルフィア・ユニオン」に出資しているオーナーの一人でもあります。Matt、本日はありがとうございました。

Wallach: どういたしまして。ありがとう、Bill。

Kerr: 「Managing the Future of Work(仕事の未来を考える)」ポッドキャストをお楽しみいただけているでしょうか。まだ登録を済ませていない方はぜひご登録ください。またポッドキャストを取得する際の評価もお願いします。「Managing the Future of Work」プロジェクトの詳細については私たちのWebサイトhbs.edu/managingthefutureofworkをご覧ください。またそちらから、私たちのニュースレターにもご登録いただけます。