AI 時代のメディカルインフォメーション・エコシステム
日本における Veeva MedInquiry プロジェクトの経験からの学びを通して今考えていること

7 月 21 日から 22 日にかけて開催された「Veeva Japan Commercial & Medical Summit 2026」。午後のメディカルセッションでは、MSD 株式会社 メディカルアフェアーズ エグゼクティブディレクターの梅田 忠志氏が登壇されました。
本記事では、MSD 社における Veeva MedInquiry 導入プロジェクトの経験から得られたリアルな学びと、AI 時代における「次世代のメディカルインフォメーション(MI)」の将来ビジョンについて語られた発表内容をお届けします。
なぜ今、メディカルインフォメーションの変革が必要なのか
近年、医療従事者からの学術問い合わせは多様化・高度化しており、マルチチャネルかつタイムリーで迅速、正確、そしてコンプライアンスを遵守した情報提供へのニーズが高まっています。
しかし、従来の社内システムでは、業務プロセスや部門間連携が分断されており、オムニチャネルによる顧客体験の実践で重要なシームレスかつ、タイムリーな連携も十分とはいえない状況にありました。グローバル共通のシステム導入の波に追随する形でスタートしたプロジェクトでしたが、取り組みを進める中で大きな意識の変化が生まれたと梅田氏は振り返ります。
「メディカルインフォメーションは、もはやバックオフィス機能ではなく、最前線のエンゲージメントケイパビリティであると、このプロジェクトを通して非常に強く実感しました」
プロジェクトで直面した課題と 3 つの学び
システムの導入過程では、マスターデータの不整合やシステム間の連携調整、ローカライゼーションの範囲、ユーザー教育のギャップなど、さまざまな課題に直面しました。特に「日本語での検索ケイパビリティや対応といった言語のローカライゼーションには、最後まで苦労した」といいます。
こうした経験を経て得られた学びとして、梅田氏は次の 3 つのポイントを挙げました。
1. 設計:グローバル標準とローカルニーズのバランス
グローバルのコア設計を基盤としつつ、完全に固定化(または過度なローカライズ)するのではなく、日本のニーズに合わせた柔軟なローカライズをいかに行うかが鍵となります。
2. 実装:テストの繰り返しと定着化
「よーいどん」でシステムを切り替えて終わりではありません。UAT(ユーザー受入テスト)の繰り返しや継続的なトレーニング、Go Live 直後の「ハイパーケア体制」によるトラブル対応など、実際のビジネスオペレーションとして定着させることが重要です。
3. 人とカルチャー:ワンチームでの推進
システムを変革するのは最終的に「人」です。部門を超えて一つのゴールを目指す「One チーム」の連携と、プロジェクトを牽引する熱意を持った「現場のチャンピオン」の存在が不可欠となります。
「IT やシステム導入とは、単にツールを置き換えることではなく、オペレーティングモデルを再構築し、業務プロセスを再設計することそのものです」と梅田氏は強調します。

AI 時代における「次世代 MI エコシステム」の将来ビジョン
今後、AI の進化がさらに加速する中で、メディカルインフォメーション(MI)の役割はどう変化していくのでしょうか。梅田氏は、将来の MI 組織には「オペレーションハブ」と「専門判断領域」という 2 つの役割が両輪として存在していくと提言します。
- オペレーションハブ:AI を活用し、迅速かつ効率的に医療従事者の個々のニーズにあったコンテンツの作成や情報提供を行う。
- 専門判断領域:高度なサイエンスの専門性を駆使し、AI が出力したコンテンツの妥当性や科学的な適格性を人の目で判断する。
さらに、医療従事者や患者さん自身が日常的に AI を活用して情報収集を行う時代においては、情報提供のアプローチ自体をアップデートする必要があります。
- GEO(Generative Engine Optimization)への対応:AI が自社の正しい科学的情報を適切に参照・出力できるようにする上流のアプローチ。
- 人ならではの「プラスアルファの価値」:社内の非公開情報や、MR や MSL、くすり相談室が医療従事者との信頼関係の中で得たインサイト、企業としての公式見解など、AI では拾いきれない「人だからこそ提供できる価値」への注力。

「今日の AI の能力は、1 年後には 100 倍になっているかもしれません。だからこそ進化を待つのではなく、今この瞬間から変革を起こし、新たな価値創出を模索していく必要があります」と梅田氏は強調しました。
おわりに
変革の取り組みに「万能のソリューション」や「一度で終わる完成形」は存在しません。医療従事者や、その先にいる患者さんへ真の価値を届けるためには、単一企業の枠を超えた業界横断での議論と共同が重要になります。
グローバル標準のシステム基盤と、日本の医療現場に即したローカル運用の両立――それは、多くの製薬企業が直面する大きな挑戦です。Veeva は、単なる IT プラットフォームの提供にとどまらず、各社の変革プロセスに深く伴走し、日本のメディカル部門が世界をリードするエコシステムを確立できるよう、ともに未来を切り拓いてまいります。